『突然変異の塊』:錦織圭ついに引退

こんにちはstelliterです。

 

皆さんの予想通りだと思いますが👇

news.yahoo.co.jp

錦織圭選手、引退を発表。

個人的にはちょっとだけ発表が遅かったかな。

 

実はあんまり好きな選手ではなかった。


日本のテニスファンにとって、彼に対する思い入れ、想い出はもう語りつくせないでしょう。

アジア人に代表されるような小柄な選手は結構トリッキーだったり策士、いわゆる変則的なプレースタイルで相手を翻弄して勝利するなんて思えるところ。

しかし錦織選手はエアケイに代表されるように、強烈なストロークを中心にとにかくマッシブなテニスで数々のトップ選手を打ち負かした。

 

全部で計9勝を挙げたBIG4ですら『ケイは特別な選手だ』と言わしめる異例の存在でした。


私は自身がテニスを始めるより前から、テニスを観ること自体は大好き。

かなりテニスファンでした。

 

なので2008年、当時の民放放送においてデルレイビーチで錦織という日本人選手が初優勝の知らせを見たときビックリ。

な~んにも知らない私の周りの連中は「お前なにをそんなに騒いでいるんだ?」と不思議がっていましたが、この正規ツアー(つまりATP250以上のこと)で日本人男子が優勝することがいかに歴史的偉業であるか。

松岡選手が92年に韓国オープンで優勝したのが最初ではありますが、それでもこれはアジア圏開催のものでしたからね。

 

とにかく、テニスという競技がアジア人にとって(特に男子ね)どれほど敷居の高いものであるかを重々把握していましたから、ホント驚いたものです。

 

幼いころからすでにその才能を発揮していたのはのちに知ったことですが、特別テニスの英才教育を受けていたとか、沢松一族のように、家系がテニス一家であるだとかではない(ハズ)。

 

なので個人的には、日本のテニス界に現れた突然変異、まさにオグリキャップのような存在に思っていました笑


怪我に泣かされた選手は数限りないですが、彼もまたその一人。

 

トップ選手なら誰でもどこかに故障を抱えながら戦い続けているもの。

しかしWIKIを観てもらえばわかりますが、とにかく彼も年中どこかを痛めていた。

2008年の鮮烈デビュー以来(プロ転向は2007年だけど)、一年間満足に戦えた年もほとんどないんじゃないかな。

 

まぁ実のところそれほど小さいわけでもないんですが、やはりATPの世界では小柄な部類。

(まぁこん中入っちゃうとちっせえけど)

研ぎ澄まされたテニスセンスをフルパワーで発揮し続けるには、長い目でみるとあのフレームではどうしたって限界があったんでしょう。

 

繰り返しになりますが、最後の最後まで好きな選手ではなかったです。

がしかし、日本のテニス史上、佐藤次郎(まぁ戦前の選手だからね)、そして世界に目を向けても、マイケル・チャンという特例(まぁアメリカンだからね)を除いてアジア系選手として最大の実績を残した稀代の名選手であることに変わりない。

 

どこで区切るのかはわかりませんが、まだ半年あります。

もう20代のころのようなプレッシャーはないと思います、最後まで悔いなくキャリアを楽しんでほしいですね。