脱中級テニス🎾『最後までボールを見る』は本当か

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こんにちはstelliterです。

今回タイトルにあります、打つ瞬間

『最後までボールを見る』

これは永遠に議論の尽きないテーマですね。

それではいってみましょう。

❝個人的には『絶対最後までなんて見ない』❞

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(『最後までボールを見る』究極例のフェデラー様)

飛んでくるボールを『最後まで見る』『最後までは見ない』

両方とも目いっぱい意識してテニスしたことがないので何とも言えないところですが、しかし自分の傾向として言えるのはこれです。

『絶対に最後までなんて見ない』

いや、正確には最後まで見ようなんて思えないといったほうがいいでしょうか。

私が平凡なプレーヤーであるからというのも大きな原因ですが、下記の通り理由から最後までボールを見ることのほうがむしろ弊害があると思えてしまうからです。

❝最後までボールを見る最大の弊害は『スイングが死にやすい』から❞

しっかりボールを見ていたとて、バウンド後わずかコンマ何秒かのごく短い時間のうちに飛んでくるボールに対してラケットを合わせるという行為にそれほど差が出るとも思えない。

却ってスイングがぎこちなくなりませんかね。

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例えばまったくスイングしない、ただ手に持っている何かをボールに当てるだけという競技であれば、少しは『ボールを最後まで見たほうが』いい結果を得られるかもしれません。

しかしテニスにしても他の球技にしても、大抵高速で移動中のボールに対し操作しなければならないわけです(ゴルフは別の問題がありますね)。

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(私的に思う、最も『最後までボールを見ない』ジョコビッチ、、いつも視線はコート向こうにある感じ)

頭は一度にたくさんのことを処理できません。

なのでボールの行き交うラリー中、プレーヤーは飛んでくるボールの速度に合わせたタイミング調整にもっとも意識が削がれているはずです。

逆に見ることに意識を削ぐと、仮にボールを見ることは出来ても、スムーズにスイングが出てこないし、インパクトにおけるジャストタイミングを逃してしまうような(そんな気がする)。

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(ナダルもかなり『最後まで見ない派』)

身体の準備が整わないと言いましょうか、、せっかくボールを打つまでに用意した『スイングが死ぬ』ということです。

ということは

  • 望んだ位置にボールを運んで打つ
  • 回転をかけるといったコントロール性

これらが失われがちになり、結果的にナイスショットを得にくいわけです。

❝最低限はボールをしっかり見る❞

 かといってですね。まったくボールを見ないでテニスできるかといったらまるっきり無理に決まってますよね。

例えば暗がりでテニスしたとしましょう。

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意外にラリーできたりしますが、明らかに日中のテニスより精度は落ちます。

もっと言えば暗がりっていうかほとんど『暗闇』に近いような視界の悪い状況ならスイートにあたる確率は激落ちします。

敷居の低い、壁打ちでさえままならなくなりますよね。

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(錦織選手は結構最後までボールを見ている印象)
最低限ボールは『見えていないと』しっかりプレーすることも出来ない。

ただ必要以上に最後まで見ようとしているとスムーズにラケットを出せなくなって、逆にジャストタイミングも逃しやすくなるという具合ですね。

❝調子のいい日なんて絶対最後までボールなんか見てない❞

今日は調子がいいなと思える時、まず最後までボールを見ようとなど思っていないです。

飛んできたボールに対しすべてにおいてボールの挙動を予測しラケットを出す。

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俺

さっきのラリー、よくあんなに返し続けられたよな

という厳しい守備を迫られた展開において、何度も好返球を繰り返せた際『よくボールが見えていた』というよりも明らかに

ボールの軌道に対しタイミングよくラケットが出せた

という感覚のほうが色濃く手応えとして残っているはずです。

つまり『球感』が良かったという手応えです。

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これはライジングに対する返球時が最も顕著ですが、そうでないボールに対しても最後のインパクト前20~30センチくらい(いや、もっとかも)から視線は切れている。たぶんすでに打球方向に視線が行っているはずです。

 

この繰り返ししか行なっていないのではないでしょうか。

そしてそれが出来ているときが一番ノリにノっている。

これらタイミング頼みという一見危なっかしいプレーの連続ですが、テニスや野球のバッティング、サッカーのトラップなど、一流選手もほとんどタイミングや空間認識でボールをヒットしているはずです。

❝『調子がいい=ボールが最後まで見れている』なのか??❞

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そういった調子のいい時、実は最後までボールを見ていることに『気づかない』だけなんじゃないの??

これを指摘されるのがもっとも混乱しますね。

確かにそうともそうでないとも言えるからです。

調子のいい時のプレー中、球感の良さは感じますが、『最後までボールが見えていた』なんて自意識もないものだから一見的を得た指摘のように思えます。

しかしこれは裏を返せばどっちにも捉えることが出来ることを利用した『詭弁』ではないでしょうか。

先の高速でボールが移動している球技の際たるものである卓球なんかどうでしょう。

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あとテニスよりも近距離同士で打ち合うバドミントン(瞬間シャトル速度は余裕で300km超え)なんかも。

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この両競技のトッププロたちが果たして

『最後までボール(シャトル)を見る』なんてやってますかね?ぜってーやってないでしょ。

感覚で打球している・コントロールしているとしか説明がつかないこと、皆さんも想像に難くないはずです。

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まあ、ボールが止まって見えるといった王選手や、最後までボールを見る代名詞のフェデラーといった一部の大天才に

『最後までボール見ろよ』

って言われたらどうしましょうか(笑)。

彼らは除いて考えましょう😅